MUTATIONS展のための刀根康尚の作品について

刀根康尚が制作したステレオ仕様の音源は、再生装置から発して独立した左右二台のディレイ(遅延)装置を通 過する。一方の出力は一定の割合で他方の入力に流れ込み、それぞれの信号は遅延を伴って左右を往復する。

左右それぞれの遅延時間はふたつの要素によって変化する。ひとつは音響それ自体の変動であり、いまひとつはセンサによって感知された来場者の動きである。会場内の任意の場所に設置された二つのセンサは、その周囲の変化を絶えずシステムに送り込む。

これら一連の仕組みによって、刀根康尚の音源は本来の姿を留めることなく乱され、 歪み、幾重もの変形を蒙って別のかたちに転じ続ける。その模様を耳に知らせるべく、センサからの信号をシステムに送るFM受信機の傍らに、4つのヘッドフォンが用意される。

満月は正確無比な円形の輪郭を夜空に顕すものだが、揺れ動く水面 に映るそのかたちは絶えず乱れ、歪んで定まらない。このような関係性を記録音源とオーディオ装置の間に招き入れ、その全体を作品/システムとして提示すること。

この作品/システムはハンス・ウルリッヒ・オブリスト氏の依頼に基づき、会場に至る左右一対のエレベータ内外に設置することを想定して制作されたが、開催直前に発生したいくつかの事情によってこの場所に移される運びとなった。設置は本展開催から数週間遅れ、いくつかの段階を経て実現されていく。また開催期間中、システムの構造は不定期に変更される。

村井啓哲